リニューアルOPEN 2008年4月19日
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僕のいた時間/遠ざかる風景 空は今日も赤く染まっている。僕を乗せたヴァポレット(水上バス)は、宿のあるリド島へ向かって、 単調なエンジン音を響かせながら、浅緑色のラグーナをゆっくりと横切って行く。時間はもう9時を 過ぎているだろう。 サンマルコ広場の鐘楼と、ヴェネツイアの家並みが、柔らかなシルエットになって、うす桃色の空 に溶け込むように、次第に遠ざかっていく。 真上の空には星が瞬いている。5月の夕闇が深くなる。 ふと、僕は何処から来て、何処へ行くのだろうと思った。“遠ざかる風景”は僕自身の日々なのか。 生きるということは留まる事のない旅のようなものだ。 だから、“風景”は、いつも僕の前に不意に現れ、やがてこうして遠ざかって行くのだろう。 人は他人の記憶の中にのみ存在するというが、本当にそう思う。僕の中にも沢山の人々が生き ている。亡くなった人も生きている人も、僕の中ではみんな同じに生きている。僕もまた、人々の 記憶の中に生きているのだと思う。 僕を記憶してくれている人々の中に、そっと、少しでもいいから、僕の記憶を書き足しておこう。 やがては遠ざかるにしても、僕が出会い、心を動かされた“風景”を、できるだけ沢山伝え続けたい。 風に吹かれるように、彷徨っているのかもしれないが、そこの“風景”の中に見つけた、僕の心の 動きを、ただ無心に描いていよう。 そこには、間違いなく”僕のいた時間”があったのだから。 (2005、5、26 ヴェネチアで) |
武田光弘 略歴
1938 札幌市に生まれる。父は旧制札幌2中の美術教師。 1960 北大卒。NHK入局。デイレクター・プロデューサーとして多様な番組を制作。 2002〜2003 パリ滞在。以後、毎年数カ月パリに滞在しヨーロッパ各地を取材。 2004 初個展(原宿・色彩美術館)。以来、毎年、ギャラリー八重洲・東京で個展開催。 武蔵大学客員教授(2004〜2008) 2012 北海道で個展開催(札幌・美唄) 現住所 東京都杉並区宮前2−13−9−204 日本美術家連盟会員 無所属
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