武田光弘        

       リニューアルOPEN 2008年4月19日 ・  更新2018年11月14日   

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オマージュ展

東京展 館山展に出品

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へ投稿 『聖地へ』

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   2016.12.12
 

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2018.12.10

 


      僕のいた時間/遠ざかる風景


 
 空は今日も赤く染まっている。僕を乗せたヴァポレット(水上バス)は、宿のあるリド島へ向かって、
単調なエンジン音を響かせながら、浅緑色のラグーナをゆっくりと横切って行く。時間はもう9時を
過ぎているだろう。
サンマルコ広場の鐘楼と、ヴェネツイアの家並みが、柔らかなシルエットになって、うす桃色の空
に溶け込むように、次第に遠ざかっていく。
真上の空には星が瞬いている。5月の夕闇が深くなる。
 ふと、僕は何処から来て、何処へ行くのだろうと思った。“遠ざかる風景”は僕自身の日々なのか。
生きるということは留まる事のない旅のようなものだ。
だから、“風景”は、いつも僕の前に不意に現れ、やがてこうして遠ざかって行くのだろう。 
 人は他人の記憶の中にのみ存在するというが、本当にそう思う。僕の中にも沢山の人々が生き
ている。亡くなった人も生きている人も、僕の中ではみんな同じに生きている。僕もまた、人々の
記憶の中に生きているのだと思う。 
 僕を記憶してくれている人々の中に、そっと、少しでもいいから、僕の記憶を書き足しておこう。
やがては遠ざかるにしても、僕が出会い、心を動かされた“風景”を、できるだけ沢山伝え続けたい。
風に吹かれるように、彷徨っているのかもしれないが、そこの“風景”の中に見つけた、僕の心の
動きを、ただ無心に描いていよう。
そこには、間違いなく”僕のいた時間”があったのだから。
 (2005、5、26 ヴェネチアで)
 

 武田光弘 略歴

 1938 札幌市に生まれる。父は旧制札幌2中の美術教師。
      
           2歳の時に両親死去。父方の祖父母に引き取られ美唄で高校までを過ごす。

 1960 北大卒。NHK入局。デイレクター・プロデューサーとして多様な番組を制作。
      
           エクゼクテイブ・プロデューサー、
NHKプロモーション社長などを歴任。

 2002〜2003 パリ滞在。以後、毎年数カ月パリに滞在しヨーロッパ各地を取材。

 2004 初個展(原宿・色彩美術館)。以来、毎年、ギャラリー八重洲・東京で個展開催。

           武蔵大学客員教授(2004〜2008)

 2012 北海道で個展開催(札幌・美唄

 現住所 東京都杉並区宮前2−13−9−204

 日本美術家連盟会員 無所属

 

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